およそ芸の道には「ここで到達」という地点がありませんので、作曲や編曲も一生終わりなき追及をしていくことになります。ですので、編曲について以下に述べる事柄も、私自身が現在進行形で追い求め続けている内容になります。
アレンジとは一般的に、並べる、整理する、再構成する…、といった意味ですが、音楽では、実際の演奏の必要や都合に合わせて、既製の楽曲に手を加えることを編曲(Arrangement)と呼んでいます。
等々、編曲はごく単純なものから、高度に複雑なものまで多岐にわたりますが、それぞれの段階に応じて、必要な知識や技術が考えられます。
人間の声と歌唱法や、各楽器の特性と演奏法についての大まかな知識と理解を要します。声や楽器には、その音域に応じた音色の変化があり、そのシフト(ギア・チェンジのようなもの)のポイントが存在するので、それらの対する知識と若干の演奏経験を有していることが望ましいです。
そのことによって、演奏が無駄に困難になったりすることがなく、歌手や奏者が伸び伸びと音楽することのできる譜面を用意する力量が増してゆくことでしょう。
元歌がどんなジャンルを志向しているかを見極めて、それに相応しいスタイルのコード付け、そして伴奏タイプ(編成やビート感など)を適切に選ぶことが大切です。そのためには様々なジャンルの音楽に親しみ、それぞれのエッセンスを把握していることが必要になります。
こちらももちろん、各楽器に対する知識、理解、そして僅かであっても演奏経験が欲しいですが、それと同時に、編曲しようとしているピアノ曲の譜面を分析する力が必要です。大事な音と付加的な音を見分ける力は欠かせません。
例を挙げると、シューマン作曲の「トロイメライ」の6節目の2拍目。左手の装飾音符は C# の低音から始まりますが、この音は欠かせません。かつ、その C# を演奏している楽器が7小節目の頭で D に解決すること。(C# ⇒ D という流れを感じさせるように作る)この流れが大切であることを見抜く目が必要でしょう。
装飾音符の C#を、ごく短い音だからといって省いてしまい、より長い音符の A,E,G だけを選ぶなら、作曲者の意図を実現することは出来ません。
それと似ていますが、変えてはいけないフレーズ(主旋律など)と、ある程度変えることによって、かえってオリジナルの意図を表現できるように音型を組み換える能力も必要になるでしょう。(ピアノでは左手が広い音域で動き回るアルペジオを、複数の楽器を使い、異なる音型によってピアノのペダルの効果を擬似的に再現する等。)
総合病院へ行くと、内科、外科、泌尿器科、等々…、様々な専門のドクターが、各部位の専門家として医療を施してくれるのですが、一人の人間の全体(その身体と精神)は一つであり一体です。
それと同じように、音楽制作にも作曲、編曲などの専門分野がありますが、しかし音楽は音楽であって、各分野ごとに独立して成り立つものではありません。
そのため、編曲と作曲は互いに重なり合う部分も多く、それぞれの作業に必要な知識や技量も、大きく異なるものではないと思います。それは演奏するという行為、そしてより根本的には聴く力も含めた"音楽力"(そんな言葉はありませんが)そのものの質を高めること。その音楽力を養い続けることが、結局一番大事なことなのだろうと思います。